
今春、『20世紀の椅子たち-椅子をめぐる近代デザイン史』(彰国社刊)を上梓しましたが、
ホームページの更新を機会に今後一か月に一度程度を目安に
20世紀の椅子以外のデザインをエッセイ風に綴っていきたいと考えています。
題して「山内陸平の20世紀のデザインをめぐる旅」
当分は20世紀を彩った収納家具を紹介していきますが、
一回目はやはりネルソンの「CSS」で、20世紀の壁面収納家具の代表です。
山内陸平の20世紀のデザインを巡る旅 1
ジョージ・ネルソンの「CSS」 1956
もう半世紀近く前の話になってしまった。
1966年(CSSが誕生して10年後)、憧れのネルソン事務所に入所し、最初に与えられた仕事は「CSS」の整理作業であった。
なにもわからない日本からの留学生にさせる仕事などなにもなかった、と言うのが正直なところであったのだろう。
「CSS」とはComprehensive Storage System の頭文字をとった略で、見せることを重視した壁面収納棚。スティールの支柱に多くの種類の棚や収納ボックスのパーツを任意に組み合わせて取り付けるシステム家具で、50年代半ばのデザインとしては画期的なものである。壁面の多いアメリカの住宅やオフィスには有効なもので、当時のネルソン事務所のローヤリティ収入のドル箱的存在でもあった。いま思わず住宅にも有効だと書いてしまったが、ハーマンミラー社のビジネスモデルと販路ではデザイナーやデコレーターが扱う住宅は別として、主なターゲットはオフィスの個室向けに開発デザインされたものである。日本と違ってアメリカのオフィスではマネジャークラスになると個室であったからである。
入所したばかりでなにもわからない私にとって、「CSS」を理解することから始まった。そして整理とは、それらパーツの販売動向などマーケティングレベルを含めて検討してデザインを見直す作業で、一言で言えば、自らがデザインした製品の「メンテナンス」である。10年近くも前にデザインしたものだから当然見直さなければならない点も多くあったし、これまでにも継続的に改変されてきたことであろう。が、クライアントの製品をデザインした事務所が自ら検討し改変を提案するという行為に「さすが」と大いに感得した。やりっぱなしではないのだ。
それに当たって、ハーマンミラー社から三ヶ月ごとに送られてくる過去五年間の販売数量を記したレポートを見せられた。これには全製品のパーツごとの販売数量の推移が記され、これらの数字も参考にしながらパーツの廃番からデザインの改変を提案しようというのである。デザイン事務所にクライアントの全製品の販売数量が丸裸になった資料があり、私のような者にでも見ることができたのには仰天した。日本でこんなことが考えられるでしょうか? イームズのFRPの椅子が、ラウンジチェアがどれほど売れていたか、当時の私にとってこんな宝物もなく、わくわくし内緒で記録もしたが、日本で想像していた数字とは大きく異なっていた。
こんな状況だから、入所後にある書類にサインをさせられた。内容の第一は、一言でいえば守秘義務である。企業の商品開発を行うデザイン事務所では当然のことである。第二は、事務所で行った仕事で生じた権利(意匠や特許など)は全て事務所に帰属するというものであった。当時ネルソン事務所に席を置けることだけで十分であった私は、内容などはどうでもよく、簡単な説明だけを聞いて読みもせず、即座にサインをしたが、事後に問題となる日本とは大違いである。これらは半世紀も前のことだが、日本のデザイン事務所で現在こんなことをやっている事務所があるのだろうか?
「CSS」の話にもどそう。
次にやるべき仕事はハーマンミラーチームの先輩が決定した内容を図面化することであった。図面の単位はインチで、縮尺は1/8 だから面食らった、というより当初は描けなかった。しかし、そこでもまた驚かされたことがあった。ビスなどの基本部品は位置を示すだけで、記号(6ケタの数字)で記入するのである。例えば、平ビスなら頭の大きさや長さでマトリックス上の一覧表があり、工場(ミシガン州のジーランド)で使用可能な部品は6ケタの数字が入っていた。多分コンピューターで管理されていたのであろう。パソコンなどはもちろんのこと、コンピューターもそれほど普及していなかったころである。いまでこそ「M8」などといった略号があるが、若いころから原寸図を描いた時にビスやボルトの位置を決めても単に位置を示すだけで使用するビスなどの大きさは記入しない、というより記入できないのである。どんな種類があるのか、どれを使うのがよいかなどの知識がなく、別注家具では職人さん任せといったいいかげんさであった。
70年代になって日本でも「CSS」を買うことができた。ハーマンミラー社の家具をライセンス契約により輸入や国産化をしていた「モダンファニチュア―セールス」(伊勢丹の資本で1966年にイームズのFRPによるシェルチェアを国産化し大きな成果をあげた企業)が「CSS」を輸入・販売したからである。だが、椅子と違って販売成果をあげられなかったのは、図を見ていただければわかるだろうが、モデュールがインチを基準としたものであったことも影響したかもしれない。しかしなんといっても木部がチークで価格が高かったことである。それに椅子と違って収納家具など箱モノは日本で十分造れたからでもあった。
デザインがいくら良くても、箱モノはオフィス家具と同様に海外のものが日本で定着するのは難しいことを示した例となった。